大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成元年(ネ)108号 判決

主文

一  一審原告及び一審被告の各控訴(当審における請求拡張も含む)に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、六九四万四四二〇円及びこれに対する昭和五九年四月一八日から支払いずみまで一日につき一〇〇〇分の一の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を一審原告の、その余を一審被告の負担とする。

三  この判決は、一1項について、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告

(甲事件について)

1 原判決を次のとおり変更する。

2 一審被告は、一審原告に対し、二五九三万六九二〇円及びこれに対する昭和五九年四月一八日から支払いずみまで一日につき一〇〇〇分の一の割合による金員を支払え(当審における拡張部分を含む)。

3 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

(乙事件について)

1 一審被告の控訴を棄却する。

2 控訴費用は一審被告の負担とする。

二  一審被告

(甲事件について)

1 一審原告の控訴及び当審で拡張した請求を棄却する。

2 控訴費用は一審原告の負担とする。

(乙事件について)

1 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。

2 一審原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  一審原告は、建築一式工事等を目的とする会社であり、一審被告は、ホテル事業等を目的とする会社である。

2  一審原告は、昭和五八年一〇月四日、一審被告との間で、次の内容の請負契約(以下「本件請負契約」という)を締結した。

(一) 工事名    ホテル玲香園新築工事(以下「本件工事」という)

(二) 工期     昭和五九年二月二八日まで

(三) 請負代金   九八〇〇万円

(四) 遅延損害金  工事代金の支払いを遅滞したときは、一日につき遅滞額の一〇〇〇分の一に相当する金額を支払う。

3  一審原告と一審被告とは、次のとおりの金額の追加工事を行う旨合意した。

(一) 第一回追加工事  六四一万二九五〇円

(二) 第二回追加工事  一五二万三九七〇円

4  一審原告は、昭和五九年四月一七日までに、右追加工事を含めた本件工事を完成し、同日、完成したホテルを引き渡した。

5  ところが、一審被告は、請負代金として八〇〇〇万円を支払ったのみで残金を支払わない。

6  よって、一審原告は、一審被告に対し、請負代金合計一億〇五九三万六九二〇円から弁済ずみの八〇〇〇万円を差し引いた残請負代金二五九三万六九二〇円及びこれに対する引渡しの翌日である昭和五九年四月一八日から支払いずみまで約定利率一日につき一〇〇〇分の一の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

ただし、(四)の遅延損害金の約定は否認する。

本件請負契約では、請負人の遅滞についてのみ遅延損害金の特約が成立した。

3  請求原因3の事実は認める。

ただし、第一回追加工事の代金は二九七万七〇〇二円であり、第二回追加工事の代金は一五二万八九〇〇円であった。

4  請求原因4の事実は認める。

5  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  履行遅滞による損害賠償債権の発生

(一) 本件請負契約では、請負人の責めに帰する理由による延滞償金は、一日につき契約額の一〇〇〇分の一とする旨の特約があった。

(二) 一審原告は、工期の約定が昭和五九年二月二八日までであったにもかかわらず、同年四月一七日に工事が完了しているから、工事完成が四八日間遅滞した。

(三) とすれば、一審被告は、一審原告に対し、本件工事の契約金額合計一億〇二五〇万五九〇二円の一〇〇〇分の一に該当する一日の延滞償金一〇万二五〇五円の四八日分の四九二万〇二四〇円(一審被告の平成五年七月一日付準備書面に五〇八万四九二八円とあるのは違算と認める)の損害賠償債権を取得した。

2  工事瑕疵による損害賠償債権(その一)の発生

(一) 本件工事には、別紙一のとおりの瑕疵がある。

(二) 一審被告は、右瑕疵によりその補修費用合計七六四万二三〇〇円相当の損害を被ったから、一審原告に対し、同額の損害賠償債権を有する。

3  工事瑕疵による損害賠償債権(その二)の発生

(一) 本件工事には、次の工事を施工していない瑕疵がある。

(1) 一号室から五号室まで四室の浴室のゴムシート防水工事

(2) 六号室から一六号室まで九室の浴室床下地土間コンクリート打設工事

(二) 一審被告は、右瑕疵により次のとおり合計二〇一八万六〇七六円の損害を被った。

(1) 前記工事を施工する費用  一五六〇万九〇〇〇円

(2) 右工事期間の休業損     四五七万七〇七六円

休業期間 二八七日

一号室から五号室まで四室の修復工事は、一室につき二九日間を要し、六号室から一六号室まで九室の修復工事には、一室につき一九日間を要する。

一室の一日当たりの売上高  一万五九四八円

一三室からなるホテル玲香園の年間売上高は七五六七万四四八五円であり、一室の年間売上高は五八二万一一一四円になるから、一日当たりのそれは一万五九四八円となる。

(三) したがって、一審被告は、一審原告に対し、二〇一八万六〇七六円の損害賠償債権を有する。

4  相殺の意思表示

一審被告は、昭和五九年一一月一日の原審第一回口頭弁論期日において、前記1及び2の損害賠償債権をもって、平成三年三月四日の当審第六回口頭弁論期日において、前記3の損害賠償債権をもって、一審原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1(一)の事実は否認し、(二)及び(三)は争う。

本件工事の引渡日は、昭和五九年三月末日まで延期する旨合意された。

仮に、一審原告に遅滞があるとしても、本件請負契約は、四会連合協定工事請負契約約款による旨の約定であるから、同約款二六条一項に定められたとおり、遅延一日につき、請負代金額から出来高部分を控除した額の一〇〇〇分の一に相当する額を違約金とする旨解すべきである。

これを本件についてみれば、本件請負契約の総請負代金額一億〇五九三万六九二〇円から、昭和五九年三月下旬に注文のあった第二回追加工事の代金額一八五万五〇〇〇円と同年二月二八日時点の出来高八六一四万円との合計八七九九万五〇〇〇円を控除した残高一七九四万一九二〇円の一〇〇〇分の一に相当する金額の四七日間分である八四万三二七〇円が遅延損害金である。

2  抗弁2(一)の事実は否認し、(二)は争う。

一審被告の主張する瑕疵は、その大部分が不同沈下を原因とする。本件工事のように一・八メートルの埋戻しないし盛土の厚みがある場合には、若干の不同沈下は免れない。これを避けるためには、加重をかけて一年位圧密を待って、基礎を設けなければならない。一審原告は、不同沈下を避けるため、一審被告に対し、建物の基礎を擁壁の下端まで下げるか、パイルを打つことを進言したが、一審被告は、工事費が増大するので、設計図どおり工事するように指示した。

一審原告は、設計図どおり工事したのであり、一審原告の施工した本件工事に瑕疵はない。

また、本件の不同沈下による傾斜は、最大二〇ミリメートルであり、通常人には分らないし、使用上の支障もないものであるから、瑕疵とはいえない。

3  抗弁3(一)及び(二)の事実は否認し、(三)は争う。

一号室から五号室までの四室の浴室のゴムシート防水工事が未施工であったことは認める。しかし、塗布防水工事が施工されているから、ゴムシート防水工事は必要ない。

六号室から一六号室までの九室の浴室の浴槽床下地土間コンクリート打設工事が施工されていないことは認める。しかし、浴槽は地面に固定されたブロックの上に据え付けられ、浴槽の沈下は生じていないから、改修工事の必要はない。

4  抗弁4の事実は認める。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実は、(四)の遅延損害金の約定の成立を除いて、当事者間に争いがない。

本件証拠(甲第二ないし第六号証、乙第四号証、原審証人田中幸太郎及び同小林次男の各証言、原審における一審原告代表者及び一審被告代表者の各尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  一審被告は、本件工事の請負人を入札で決めることにし、昭和五八年九月六日、工事説明会を開いた。

一審被告の担当者は、集った工事請負業者に対し、工事の設計図書を渡すとともに、四会連合協定工事請負契約約款(以下「四会連合約款」という)によって本件請負契約を締結する、請負人の責めに帰する理由による遅延損害金は、右約款に従わず、一日につき契約金額の一〇〇〇分の一とする旨の特約を説明し、その旨記載した書面も渡した。

一審原告は、都合で右説明会を欠席したが、その後受け取った設計図書に基づき、本件工事の入札に参加した。一審原告は、入札に当たり、右工事説明会での特約によることを特に排除する意思を明示してはいない。

2  本件工事は、請負代金九八〇〇万円で入札した佐藤工業が落札した(一審原告の入札価格は一億円を超えていた)。ところが、佐藤工業と一審被告とは、代金の支払い方法で合意できず、佐藤工業は、本件工事を辞退した。

一審被告の代表者は、個人的な付き合いのあった一審原告の代表者に対し、佐藤工業に代わって本件工事を請け負ってほしい旨申し入れた。

一審原告は、同じく本件工事の入札を行った能宗建設株式会社(同社の入札価額は一億一〇〇〇万円であった)に本件工事のうち建物工事部分を代金約七二〇〇万円で下請けさせることにして、前記請負代金九八〇〇万円で本件工事を請け負うことを承諾した。契約書を作成することなく、工事に着手したが、前記説明会での特約を排除する旨の留保はなかった。

3  一審原告が一審被告から請負代金の支払いとして受け取った約束手形を金融機関で割り引くために、本件請負契約の契約書を作成する必要が生じた。

昭和五八年一二月初めころ、同年一〇月四日付けの本件請負契約の契約書(甲第三号証)が作成された。右契約書には、遅延損害金の約定の記載はない。しかし、右契約書作成に当たり、一審原告と一審被告との間で、請負人の遅延損害金について説明会の特約によらない旨の合意があったわけではなく、また、特約のない事項について本件請負契約が四会連合約款によらない旨合意したわけでもない。

4  四会連合約款には、次の約定の記載がある。

(一)  請負人の責めに帰すべき理由により、契約期間内に契約の目的物を引き渡すことができないときは、別に特約のない限り、発注者は、遅滞日数一日につき、請負代金額から工事の出来高部分と検査済みの工事材料に対する請負代金相当額を控除した額の一〇〇〇分の一に相当する額の違約金を請求することができる。

(二)  発注者が請負代金又は請負代金相当額の支払いを完了しないときは、請負人は、遅滞日数一日につき支払い遅滞額の一〇〇〇分の一に相当する額の違約金を請求することができる。

右認定の事実関係に照らせば、本件請負契約においては、特約のない事項については四会連合約款による意思があった、と認めるのが相当であるから、一審被告が工事代金の支払いを遅滞したときは、一日につき支払い遅滞額の一〇〇〇分の一に相当する遅延損害金を支払う旨の約定が成立した、と認めるべきである。

三  請求原因3の事実は、追加工事の代金を除いて、当事者間に争いがない。

右争いがない事実に本件証拠(甲第一号証、乙第五号証の一、二、原審証人田中幸太郎及び同小林次男の各証言、原審における一審原告代表者及び一審被告代表者の各尋問結果)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件工事の進行中に、一審被告の指図に基づき、能宗建設が下請けた建物新築工事に関する変更・追加工事(第一回追加工事)と一審原告が実施した土木工事に関する変更・追加工事(第二回追加工事)が行われた。請負代金については、具体的な協議はなく、工事完成後に話し合う予定であった。

2  本件工事完成後、一審原告と一審被告との間で、追加工事の請負代金について、協議した。

一審原告は、第一回追加工事については六四一万二九五〇円、第二回追加工事ついては一五二万三九七〇円と見積もった合計七九三万六九二〇円の追加工事見積書を提出した。

一審被告は、第二回追加工事の見積額に異議はなかったが、第一回追加工事の見積額についてはその一部を否認したうえ請負代金額を二八パーセント値引くように要求した。更に、工事の遅滞等の責任を追及して違約金を請求し、地盤沈下にそなえて金額一〇〇〇万円の手形を振り出すように求めた。

一審原告は、一審被告の右要求に合理的根拠がないと判断し、これを拒否した。

結局、追加工事の代金額については、協議がまとまらなかった。

右認定のように、請負代金について後に協議する旨合意して追加工事を完成したときにおいて、代金額について協議がまとまらなかった場合には、請負人は、実施した工事について客観的に相当な請負金額の請求ができる趣旨である、と解するのが相当である。

これを本件についてみれば、一審原告の提出した見積書の金額が妥当性を欠くとの事情は認められない(一審被告は、第一回追加工事の請負代金の一部を否認し、更にその値引きを求めているが、右主張が合理的であり相当の根拠をもつと認めるに足りる証拠はない)から、一審原告は、第一回追加工事については請負代金六四一万二九五〇円の、第二回追加工事については請負代金一五二万三九七〇円の合計七九三万六九二〇円の追加工事代金が請求できる、と認めるのが相当である。

四  請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

五  請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

六  抗弁1(履行遅滞による損害賠償債権の発生)について

1  前記二で認定した契約締結の経過に照らせば、本件請負契約の当事者には、前記認定の説明会で明らかにされた請負人が履行遅滞した場合の損害金の特約を排除する意思はなかった、と認められるから、本件請負契約においては、請負人の負担する遅延損害金は、四会連合約款にはよらず、一日につき契約額の一〇〇〇分の一とする旨の約定であった、と認めるのが相当である。

2  本件請負契約の工期の約定が昭和五九年二月二八日までであったが、本件工事の引渡しが同年四月一七日であったことは、すでに認定したとおりである。

3  本件証拠(原審証人田中幸太郎及び同小林次男の各証言、原審における一審原告代表者及び一審被告代表者の各尋問の結果)によれば、本件工事は当初から約定の工期である昭和五九年二月二八日までに完成することは難しいと予想されていたこと、一審原告は、一審被告に対し、本件工事の工期を一か月延ばしてほしい旨申し入れたこと、一審被告は、二週間の工期の延期を承諾し、請負代金支払いのために振り出していた手形の支払い期日を約二週間ほど延期したことが認められる。

右認定の事実によれば、本件請負契約の工期は、昭和五九年二月二八日から二週間延期された、と認めるのが相当である。一審原告代表者は、一か月の延期の承諾を得た旨供述するが、右手形の支払い期日の延期が二週間ほどであった事実に照らし、採用できない。

4  とすれば、本件工事の引渡しは、三四日間(三月一日~四月一七日―一四日間=三四日間)遅滞したと認められるから、遅延損害金は、三三三万二〇〇〇円と計算される。

計算式 九八〇〇万円×一〇〇〇分の一×三四日間=三三三万二〇〇〇円

(なお、遅延損害金の事前の予測及び追加工事代金の金額高からして、契約額とは追加工事代金を含まない金額である、と解する)

七  抗弁2(工事瑕疵による損害賠償債権(その一)の発生)について

1  原審鑑定の結果によれば、本件工事には別紙二のとおりのいわゆる瑕疵があること、右瑕疵は、建物部分(木造部分)の瑕疵とそれ以外の部分の瑕疵であり(後者の瑕疵は地盤沈下を原因とする)、建物部分の瑕疵は、地盤沈下を原因とするもの(○をつけたもの)、他の原因によるもの(△をつけたもの)、いずれとも不明であるもの(×をつけたもの)に区分できること、右建物部分の瑕疵の補修工事費用は九三万円を要することが認められる。

2  ところで、右地盤沈下の原因については、以下のとおりと認められる(原審証人原信の証言、原審における一審原告代表者及び一審被告代表者の各尋問結果、原審鑑定の結果)。

(一)  本件工事が行われた土地は、従前のホテルの敷地と買い取った隣地の敷地とからなり、新たな擁壁を築造し、盛土工事を行った。従前のホテルの敷地と新たにホテルの敷地となった地盤との間で、不同沈下が生じることは、事前に予測された。

(二)  地盤の不同沈下を避けるためには、荷重を加えて一年位経過した後に建物を建築するか、建物の基礎を擁壁の下端まで下げるしかない。盛土工事での突き固めを十分しても、地盤沈下が生じることは避けられない。

(三)  一審原告は、本件工事中、地盤の沈下が予想されたので、一審被告に対し、建物の基礎を深くする等告げたが、一審被告は、工費の関係から、設計図どおりの工事を指図した。

右認定の事実によれば、仮に一審原告の実施した盛土工事の突き固めに不十分な点があったとしても、地盤の不同沈下は避けられない(一審原告は、一審被告に不同沈下が避けられないことを告げている)から、地盤沈下を原因とする本件工事の瑕疵については、一審原告が瑕疵担保責任を負うことはない、と解される。

3  とすれば、一審原告は、前記1で認定した別紙二の瑕疵のうち、△印をつけた瑕疵についてのみ担保責任を負うことになる(地盤沈下を原因とするか、それ以外の原因であるか不明の瑕疵(×印の瑕疵)についても、一審原告の責任を問うことはできない)。

原審鑑定の結果により、別紙二の△印をつけた瑕疵のうち、補修費用が認定できるのは、次の瑕疵の補修費用である(その余の△印をつけた瑕疵については、補修費用を確定することができない)。

(一)  三号客室について

鴨居の取替え        二万六五〇〇円

和室の化粧土台の補修      七〇〇〇円

ベッド横の化粧建具の調整    二〇〇〇円

(二)  六号客室について

敷居隠し釘打ち         一〇〇〇円

(鑑定の見積書では、七号室も含めて工事費用を二〇〇〇円としているから、その半分と評価した)

(三)  七号客室について

柱貼物補修           五〇〇〇円

(四)  一二号客室について

ベッド側窓の木製建具の調整   二〇〇〇円

浴室入り口の金属製建具の調整  三〇〇〇円

クロス剥離の補修        一〇〇〇円

(五)  一五号客室について

脱衣室の入り口木製ドアの調整  二〇〇〇円

便所の入り口木製ドアの調整   二〇〇〇円

(六)  合計        五万一五〇〇円

4  したがって、一審被告は、一審原告に対し、別紙二の瑕疵のうち、一審原告が担保責任を負担する瑕疵部分に関する損害賠償債権として合計五万一五〇〇円の債権を取得した、と認定できる。

八  抗弁3(工事瑕疵による損害賠償債権(その二)の発生)について

1  本件工事において、一審原告が一号室から五号室までの四室(二階部分)の浴室のゴムシート防水工事及び六号室から一六号室までの九室(一階部分)の浴室床下の土間コンクリート打設工事を実施していないことは、当事者間に争いがない。

2  右争いがない事実に本件証拠(甲第二号証、第四、五号証、乙第六ないし第九号証、当審証人本馬義文及び同井村正春の各証言、当審鑑定の結果)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件工事の設計図では、浴室のゴムシート防水工事をどのように行うかの指示はない。しかし、本件工事の特記仕様書には、防水工事は、保証期間一〇年とする非加酸ゴムシートを使用したシート防水による旨の指示がある。

そして、右特記仕様書には、本件工事における優先順位は、現場説明事項、特記仕様書、各設計図の順である旨記載されている。

ところが、一審原告は、一審被告に対し、シート防水工事を実施するか否かを確かめてその指図を受けることなく、シート防水工事を施工しなかった。

なお、本件のように使用頻度の高いホテルの浴室で、とくに浴室が二階にある場合の防水工事では、アスファルト防水ないしシート防水をして水抜き設備工事(シート防水では不可避な設備工事である)をするのが標準的仕様である。

(二)  本件工事の設計図では、一階の浴室の床下土間はコンクリート打設をするように指示されているが、一審原告は、右コンクリート打設工事を施工していない。

右認定の事実によれば、本件請負契約においては、二階の浴室部分にはシート防水工事をすること、及び一階の浴室の床下土間はコンクリート打設工事をすることが要求されていた、と認めるのが相当であるから、一審原告が右各工事をしなかったことは、本件工事の目的物に瑕疵がある、と認められる。

3  一審原告は、塗布防水工事が施工されていたから、ゴムシート防水工事は必要ない旨主張し、当審証人井村正春は、右主張にそう供述をし、同証人が作成した意見書(甲第七号証)にも同趣旨の記載がみられる。

しかし、証人井村が、塗布防水工事が施工されたとする根拠は、建物の漏水跡はすべて浴室内の結露水が流れ出たものであり、浴槽からの漏水は考えられないから、浴室に塗布防水工事が施工されたと判断したもので、実際に塗布防水工事が施工された跡を確認したものではないし、乙第六号証、当審証人本馬義文の証言及び当審鑑定の結果によれば、浴室洗い場に水をためて漏水の生じるのが確認される等、右漏水が浴室から生じた可能性は否定できない(浴室からの漏水が始った時期、その量、更に床下のコンクリートスラブの状況を考慮すれば、一階車庫の天井に漏水跡がないことから、直ちに浴室からの漏水の可能性を否定することはできない)から、証人井村の証言及び同人作成の意見書をもって、塗布防水工事が施工された、との心証は得られない(なお、原審鑑定の結果によれば、本件建物完成直後に見られた漏水は結露が原因である、と認められるが、結露が原因であることを推認する理由の一つに最初の一年間が激しくその後の一年ほどで止っていることをあげているから、その後にあらわれた漏水を同様に結露が原因であると直ちに推認することはできない)。仮に、塗布防水工事が施工されていたとしても、塗布防水がシート防水と同等ないしそれ以上の防水機能や耐用年数を有する、との事実は認められず、塗布防水工事が施工されているから、シート防水工事の必要がない、との主張は採用できない。

更に、一審原告は、浴槽の沈下が生じていないから、浴槽の床下の土間コンクリート打設工事の必要がない旨主張しているが、乙第六号証、当審証人本馬義文の証言及び当審鑑定の結果に照らせば、浴槽の沈下が現実に生じていないからといって、その可能性がないと推認することはできず、一審原告の右主張は採用できない。

4  当審鑑定の結果によれば、ゴムシート防水工事及び浴室床下土間コンクリート打設工事を実施する費用は、合計一五六〇万九〇〇〇円を要する、と認められる。

なお、右工事費用は、ゴムシート防水工事及び浴室床下土間コンクリート打設工事の本来の工事費用に比べればかなりの高額な金額ではないかと推測されるが、ゴムシート防水工事及び浴室床下土間コンクリート打設工事の未施工は、見えない部分のいわゆる手抜き工事とみなすことのできるものであり、ゴムシート防水工事やコンクリート打設工事の未施工が重要な瑕疵ではないと認めることはできないから、ゴムシート防水工事及び浴室床下土間コンクリート打設工事のやり直しに右費用がかかることもやむを得ないものと考えられる。

一審被告は、右工事期間中の休業損害も請求する。しかし、原審鑑定の結果によれば、前記認定の工事費用は、ホテル営業を継続することにして二部屋ずつ修復工事をすることを前提に算定された費用であり、工事中のホテル営業が常に全室満室であるとの特段の事情はうかがえないから、一審被告の休業損害の主張は理由がない。

5  とすれば、一審被告は、一審原告に対し、前示2の瑕疵の修補に代わる前示4の工事費用相当額一五六〇万九〇〇〇円の損害賠償債権を取得したと認められる。

九  抗弁4(相殺の意思表示)の事実は、当事者間に争いがない。

一審被告は、一審原告に対し、前記六ないし八で認定した合計一八九九万二五〇〇円の損害賠償債権を有するから、一審原告の請負代金債権は、右相殺によりその対当額が消滅する。

なお、一審被告の有する瑕疵による損害賠償債権と一審原告の有する請負代金債権とは同時履行の関係にある(民法六三四条二項)が、その実質関係に着目して、当事者双方の便宜と公平のため、相殺による清算的調整が許されると解されるところ、相殺の意思表示は双方の債務が互いに相殺をするに適する時点に遡って効力を生ずるのであり(民法五〇六条二項)、自働債権である一審被告の一審原告に対する履行遅滞による損害賠償債権は、ホテルの引渡しがなされた昭和五九年四月一七日までに期限の定めのない債権として発生し、その発生の時から弁済期にあると認められ、同じく自働債権である一審被告の一審原告に対する瑕疵による損害賠償債権も、右引渡しのなされた同日に期限の定めのない債権として発生し、その発生の時から弁済期にあると認められ、他方、受働債権である一審原告の一審被告に対する請負代金債権は、ホテルの引渡しがなされた昭和五九年四月一七日に弁済期が到来したと認められるから、前記相殺の意思表示は、相殺適状になった昭和五九年四月一七日に遡って相殺の効力を生じ、残った請負代金債権はその翌日から遅滞が生じる、と解される。

一〇  以上の次第で、一審原告は、一審被告に対し、追加工事代金を含めて請負代金債権合計一億〇五九三万六九二〇円を有するところ、八〇〇〇万円の弁済を受けたことは自認しているし、損害賠償債権合計一八九九万二五〇〇円との相殺によりその対当額が消滅しているから、残請負代金六九四万四四二〇円及びこれに対する本件工事の目的物であるホテルを引き渡した日の翌日である昭和五九年四月一八日から右代金支払いずみまで約定利率一日につき一〇〇〇分の一の割合による遅延損害金の支払いを求めることができることになる。

よって、一審原告の本訴請求は、右範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきであるので、原判決を右のとおり変更することとし(一審被告の控訴に基づき請負代金元本額を減額し、一審原告の控訴及び請求の拡張により遅延損害金を認容することになる)、主文のとおり判決する。

別紙一

一号室

イ 玄関より洋間入口下敷居浮上り

ロ 右木製建具の歪み

ハ 洋間テレビ台の壁との隙間

ニ 洗面所入口建具の歪み

ホ 洗面器台左右壁歪みによる隙間

ヘ 浴室排水外部階段へ水漏れ

ト 外非常階段踊場で約三五ミリメートル沈下

二号室

イ 玄関より洋間入口ドア鍵壊れている。

ロ 洗面室入口ドア締り悪い。

ハ 洗面室入口ドア前の周囲が床を踏むと音が出る(二カ所)

ニ 洗面室床を踏むと音が出る。

ホ 浴室入口サッシドアの左下が当り、締りが悪い。

三号室

イ 玄関より部屋入口ドアの枠の戸シャクリ不足でドアに隙間

ロ 和室間境の建具動き悪い。

ハ 右の鴨居両端・中央とも歪み、取付部柱に歪みの為穴が見える。

ニ 床の間横テレビ台と床柱取付部分に約八ミリメートルの隙間あり。

ホ 和室ベッド横手摺下化粧土台に歪み。

ヘ ベッド廻り床畳上下動

ト 畳の合せ目に隙間あり。

チ ベッド横化粧建具動き悪い。

リ 浴室排水が外部階段上壁に漏れる。

五号室

イ 玄関より洋間入口ドアに歪み

ロ 洋間より脱衣入口ドアに歪み、隙間あり。

ハ 便所入口ドアに歪みあり。

ニ 浴室入口サッシドア鍵のにぎり玉動かず取り替え必要

六号室

イ 玄関より洋間入口ドアに歪みあり。

ロ 洋間より脱衣入口ドアT双ビス部分、柱にヒビ割れのためT双が浮上って動いている。建具調整必要

ハ 各所敷居の釘頭隠す。

ニ 浴槽の壁面が沈下し、壁タイルとの間に隙間約一〇ミリメートルあり

ホ 脱衣入口の周囲が歩くと音がする。

ヘ 洋間入口左側、木建具(窓)の動きが悪く調整必要

ト 各所止め箇所に隙間あり。

七号室

イ 間境のテレビ棚の柱、檜貼物がハゲている。

ロ 間境建具の動きが悪く調整必要

ハ ベッド上窓の鴨居にヒズミ、建具動かず。

ニ 脱衣入口建具に当りカ所があり、調整必要

ホ 便所入口建具に当りカ所があり、調整必要

ヘ 玄関より和室の入口の敷居が浮上っている。

ト 浴室より外部に水漏れ

八号室

イ 玄関より洋間入口ドア下敷居が動いている。

ロ 脱衣入口周辺、歩くと音が出る。

ハ 脱衣入口ドアに歪みあり。

ニ 廻り縁と天井との間に隙間あり。

一〇号室

イ 脱衣室入口の建具に歪みあり。

ロ 浴槽とタイルの間に隙間あり。

ハ 浴室入口ドア(サッシ)の左下が下り当る。

一一号室

イ 脱衣入口の建具が歪んでいる。

ロ 脱衣入口のランマ建具、柱側片方に隙間あり。

ハ 浴室入口ドア(サッシ)の右下が当り、調整必要

ニ 浴室の土間タイルと浴槽の間に隙間あり。

一二号室

イ 脱衣入口建具の右下が当り、調整必要

ロ ベッド側窓(木製)、建付が悪く引違時当る。

ハ 浴室入口ドア(サッシ)の右下が当る。

ニ 脱衣室の床を歩くと音が出る。

ホ 洋間入口上、クロスがハゲている。

ヘ 浴室より外部へ水漏れあり。

一三号室

イ 便所四方の隅のタイル目地ヒビ割れあり。

ロ 洋間応接セット廻り床を歩くと音が出る。

ハ 浴室より外部へ水漏れあり。

一五号室

イ 脱衣入口ドア取手不良、調整必要

ロ 浴室壁タイル横割れ。

ハ 便所入口ドア取手不良、調整必要

ニ 浴室より外部へ水漏れあり。

一六号室

イ 脱衣室入口ランマ建具柱側片方に約四ミリメートルの隙間あり。

ロ 浴室より外部へ水漏れあり。

別紙二

一 建物(木造部分)

一号客室

○1 玄関 洋間入り口の木製建具の調整不良

○2 洋間 テレビ台と壁との隙間

○3 洗面所 入り口木製建具の調整不良

×4 浴室より外部階段部分へ水漏れ跡

二号客室

○1 洗面室入り口木製建具の調整不良

×2 客室床 脱衣室床に踏むと音が出る部分あり

×3 浴室 入り口金属製建具の調整不良

三号客室

○1 玄関と客室との境の木製建具の調整不良

○2 和室の間仕切り木製建具の調整不良

△3 同 鴨居の木材のねじれ

△4 和室 化粧土台の歪み

○5 畳の落ち着き不良

△6 ベッド横 化粧建具の調整不良

△7 浴室よりの水漏れ跡

五号客室

○1 玄関より洋間入り口の木製建具の調整不良

○2 脱衣室 入り口木製ドアの調整不良

○3 便所 木製ドアの調整不良

六号客室

○1 玄関より洋間入り口の木製ドアの調整不良

○2 洋間より脱衣室入り口の建具調整不良

△3 各所の敷居の釘頭露出

○4 浴槽が沈下し壁タイルとの隙間約一〇ミリメートルあり

○5 脱衣室 入り口の周囲が歩くと音がする

○6 洋間の入り口左側の木製建具の調整不良

×7 各所の止め箇所に隙間

七号客室

○1 間境のテレビ棚の柱 檜貼物剥離

×2 間仕切り建具の動き悪い 調整不良

○3 ベッドの上窓 鴨居に歪み木製建具の調整不良

○4 脱衣室 入り口の木製建具の調整不良

×5 便所 入り口の建具 調整不良

△6 玄関より和室の入り口 敷居の浮上り

△7 浴室より外部に水漏れ跡

八号客室

×1 脱衣室 入り口の周囲が歩くと音がする。

○2 脱衣室 入り口の木製ドアの歪み調整不良

×3 天井と廻り縁との隙間

一〇号客室

○1 脱衣室 入り口の木製建具の調整不良

○2 浴槽と壁タイルとの隙間

○3 浴室 入り口の金属製ドアの調整不良・浴槽沈下あり

一一号客室

○1 脱衣室 入り口の木製建具の歪み調整不良

○2 脱衣室 入り口木製ランマの調整不良

○3 浴室 入り口金属製ドアの右下端の当り調整不良

一二号客室

○1 脱衣室 入り口の木製建具調整不良

△2 ベッド側窓の木製建具の調整不良

△3 浴室 入り口の金属製ドアの調整不良

×4 脱衣室の床 歩くと音がする

△5 洋間入り口の上 クロスの剥離

△6 浴室より外部に水漏れ跡

一三号客室

○1 便所四方の隅 タイル目地にヒビ割れ

一五号客室

△1 脱衣室 入り口の木製ドア取手不良及び調整不良

○2 浴室の壁タイルに横割れ

△3 便所 入り口の木製ドア取手不良及び調整不良

△4 浴室より外部に水漏れ跡

一六号客室

○1 脱衣室 入り口の木製ランマと柱との隙間

△2 浴室より外部に水漏れ跡

○3 浴室のタイルにヒビ割れ

二 建物(鉄筋コンクリート部分)

A棟、B棟の車庫及び階段、非常階段

何れも、擁壁に近い側がその反対側よりも沈下量が大で、七ないし二〇ミリメートル程度は傾斜している。従って、上部木造部分も同様。

非常階段、踊場では四〇ミリメートルくらい余計に沈下している。

三 ブロック造塀

五号室東側のブロック造塀が沈下により傾斜して、擁壁との間に隙間ができて少し傾いている。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例